テーマ別フォトコラム, 但馬の植物
希少な植物の自生地は公言されないことが多い。ましてやそれが可憐な花をつけるとなればなおさらである。ラン科の植物は野生植物の中で最も不運な存在で、場所が知られるとあっというまに盗掘されて自然界から姿を消してしまう。野の花を掘り取って自宅の庭なり鉢なりに育てて楽しむ人の気持ちは分からなくもないが、野の花は野にあってこそ美しいとは思わないか。
カタクリは里山の代表的な植物で、かつてはどこにでもあった。その根からとった良質な澱粉が片栗粉であるが、今では片栗の名前だけ残って粉は馬鈴薯から作られる。めっきり自生地が減少してしまったカタクリは、もっぱら山野草ファンの花鑑賞の対象となっている。
但馬の代表的なカタクリ自生地として知られる三川山(標高888m)にも、花期になると人が集まる。ただし大規模な自生地は標高500mの中腹に位置し、そこに到るには厳しい山道を辿らねばならないので、ここのカタクリは山歩きを趣味にする人たちにもっぱら愛されている。自生地はまったくの自然の状態であり、常に自然の撹乱を受けつづけている。それは雪崩であったり、山崩れであったり、毎年少しずつ地形を変えながら、そのたびに押し流された土砂がカタクリの植生分布を広げてきた。
数年前、ここで大規模な盗掘事件があったという。素人レベルの仕事ではなく、業者が商売のためにカタクリの株をごっそり持って帰ったという噂だった。かなり深刻な状況として話が伝わってきたので心配したが、翌年には何事もなかったかのように沢山の花を咲かせて安心した。
カタクリの花は、うつむきかげんの薄桃色の花弁のしおらしさと、剥き出しのシベの生々しさと、そのアンバランスが同居した美しさが魅力だ。カタクリは森の眠りを呼び覚まし、その短い花の時期を虫たちに捧げて実をつける。その実が土に落ちて花を咲かせるまで7年かかるという。そう思えば、この花の愛しさもまた募るというものだ。
ユリ科カタクリ属 多年草 Erythronium japonicum
撮影:2005/4/16 三川山